クレッタルムーセン社が国際山岳ガイドと共に立ち上げた体験型プログラム「 Klättermusen Experiences (以下 KMX)」。経験豊富なガイドとともに、知られざる手つかずの自然を案内するツアーが昨シーズンより本格的にスタートしました。
5月初旬、クレッタルムーセン ジャパンチームがテストツアーに招待され、北極圏に位置するノルウェー最北端の村を訪ねました。
フィヨルド地形が広がる極北スキーの旅を全3回に分けてアンバサダーの下村雄太の文と島崎貴裕の写真で回想します。
第3話:フィヨルドを滑る
昨日の下山は21時を過ぎていた。宿に戻ってからも、身体にはまだ滑走の余韻が残っている。一日の出来事を思い返しながら日付を越えるまで仲間たちと話をした。
Nuvsvågで過ごすのも今日が最後だ。明日は帰路につき、Osloへ向けて出発する。ここまでの数日間、振り返れば、天候も雪も、その日のコンディションも、毎日がまったく違っていた。
春のような陽気から始まり、ストームがやってきたことで一気に冬へと季節が逆戻りした。そして昨日は、長いハイクの先に待っていた素晴らしい雪と、忘れられない滑走。
身体には疲れが溜まってきたが、それでも、昨日と同じようにガイドのフレッドさんを信じる。最後の日だからこそ、悔いは残したくない。
今日も、この場所でできる最高の一日を楽しもう。
そんな気持ちで朝を迎えた。

最終日のプランは、これまでとは少し違っていた。対岸までボートでアクセスし、そこから山へ向かってハイクアップする。フィヨルドに囲まれたこの土地だからこそできるアプローチだ。
荷物をまとめ、ボートへ向かう。目の前に広がるフィヨルドを眺めながら、ここで過ごした数日間を思い返す。この景色を見るのも今日が最後なのだと思うと、寂しさが込み上げてくる。


ボートを降りてしばらく歩いたところでシールを装着し、登り始めた。大きな谷間の中を、ゆっくりと進んでいく。みんなの足取りはまだ軽い。時折聞こえてくる笑い声や会話も弾んでいる。



まだまだ元気だ。そんなことを感じながら、一歩ずつ標高を上げていく。
谷間を抜けると、一気に視界が開けた。目の前には大きく広がる斜面。そして振り返ると、フィヨルドを見下ろす圧巻の景色が広がっていた。どこまでも続く海と、切り立った山々。これまでの疲れも、一瞬で忘れてしまうような景色だった。


今日はチームを二つに分けて滑ることになった。えのきさんと遠藤さんは中腹から、気持ちよく滑れるラインへ。僕、駿太くん、島ちゃん、そしてフレッドさんの4人はさらに上を目指し、急斜面へ向かう。
ピッケルを雪面に刺しながら慎重に足を進めていく。
一歩。また一歩。
斜度が増すにつれて、雪面への集中も高まっていく。
ふと振り返ると、さっきまで一緒に歩いていた中腹のメンバーが、ずいぶん小さく見える。標高を上げてきたことを実感する瞬間だった。

慎重に足場を選びながら、さらに登っていく。
歩き始めて約1時間。ようやく目的地へ到着した。
斜面の上からは中腹のメンバーの姿はもう見えない。無線で下のメンバーとやり取りをしながら、撮影の準備が整った。僕と駿太くんは、同時に滑走することになった。
ドロップポイントに立ち、斜面を見下ろす。急斜面の先に広がるフィヨルド。
駿太くんがテレマークスキーでこの斜面をどう滑るのか、まったく想像がつかなかった。雪は一見柔らかそうに見えるが、その下には硬い氷の層が潜み、斜面のあちこちにジャガイモのような雪の塊が転がっている。決して気を抜ける斜面ではない。
一度、深く息を吸う。そして、ドロップイン。

斜面に溜まったスラフをかわしながら慎重にラインを選ぶ。雪の動きを見ながら、ターンをつないでいく。
斜面が落ち着いてきたら、硬く固まった雪の塊に足を取られないように、ターンを刻まず、一気に真っ直ぐ滑り降りる。

スキーが雪面を捉える感覚。
身体に伝わる振動。
目の前を流れていくフィヨルドの景色。
すべてが一瞬の出来事だった。
駿太くんと並んで斜面を一気に駆け抜けた。僕らは思わずハイタッチを交わした。
興奮がなかなか冷めない。さすが駿太くん。さすがの滑りだった。
続くフレッドさんと島ちゃん。みんな気持ちよく滑り降りてくるのを待つ。全員がボトムで合流した。



ストップスノーから始まり、ストームに翻弄され、そして最後には晴れた5月のパウダー。毎日変わる天気と予想できない雪。長いハイク。フィヨルドを眺めながら刻んだライン。
ほんの数日間だったとは思えないほど、濃密な時間だった。
そして、そのすべてを一緒に経験した仲間たち。
最後の最後まで、僕らは滑りを楽しんだ。
ツアーを終え山を下ると、ホストのみんながビーチのそばでバーベキューを用意してくれていた。ビーチサイドにはテントサウナまで。
サウナで身体を熱くして、限界まで温まったら、そのまま海へ飛び込む。冷たい海に身体を沈め、またサウナへ戻る。
なんて贅沢な最終日の夜なんだろう。



火を囲み、食事をしながら、この数日間を振り返る。
初めてここへ来たときには、ただ美しい場所だと思っていたけれど、
この土地で過ごし、山へ入り、海を眺め、笑い、食べ、滑っているうちに、
見慣れてきたフィヨルドも、宿の周りの風景も、毎日歩いた道も、どこか温かく、愛おしいものに変わっていた。

一緒に山を歩き、滑り、笑い、同じ時間を過ごした仲間たちも、いつの間にか家族のような存在になっていた。


翌朝、僕らは日本に向けてNuvsvågを後にした。車窓から見えるフィヨルドの景色が、少しずつ遠ざかっていく。一日一日があまりにも濃く、僕らの中には忘れることのできない時間として残った。
旅の終わりは、場所を離れることだけではない。そこで過ごした時間が、自分の中に残っていくことなのだと思う。
日本へ向かう飛行機の中で、僕はまたこの場所へ戻ってきたいと思っていた。

この旅を共にし、僕らをここへ導いてくれた遠藤さんとは、出会って10数年になる。当時僕はまだ学生だった。あの頃は、まさか遠く離れたノルウェーのフィヨルドを一緒に眺めているなんて、想像もしていなかった。
山がつないでくれる時間には、終わりがないように思えてくる。
今回の旅も、きっと何年か経ったときに、
「あのノルウェー、最高だったよな。」
そんな一言で、また昨日のことのように思い出すのだろう。
あのフィヨルドも。あの山も。あの雪も。一緒に過ごした仲間たちみんなの顔も。きっと、いつまでも僕らの中に残っている。
Nuvsvåg。
またいつか。
いや、またすぐに。
Text:下村雄太
Photo:島崎貴裕


写真左から
下村雄太:
北海道喜茂別町出身。テレマーカーの父の影響を受け2歳からスキーを始め、アルペンとクロカンの競技をスタート。高校で競技スキーを引退、同時に山を滑る事の魅力を知りフリースキーヤーとしてのスキーライフを送るように。2026年、故郷の喜茂別町に自身のカフェ「aeR」をオープンした。
島崎貴裕:
北海道、洞爺湖をベースにトレッキングからSUP、スノーアクティビティまでマルチにカバーする自身のガイドカンパニー「Rir」を運営。クレッタルムーセン・ジャパンの旅や撮影ではカメラマンを務める。愛称はしまちゃん。
木村駿太:
札幌・定山渓にて1歳からできる自然の中での遊びを提案するガイド会社『Friluftsliv』(フリルフスリフ)の代表を務め、ラフティングガイドやカヌーガイドなど、さまざまな顔を持つ。冬は仲間らとともに北海道内の山々を滑りながら、映像記録を数多く残しているテレマークスキーヤー。
榎本有希:
東京都出身。雪と自然を追い求めて旭川に移住。リモートワークとアウトドアアクティビティの両立を実現し、日々北海道の大自然を楽しむスノーボーダー。愛称はえのき。