クレッタルムーセン社が国際山岳ガイドと共に立ち上げた体験型プログラム「 Klättermusen Experiences (以下 KMX)」。経験豊富なガイドとともに、知られざる手つかずの自然を案内するツアーが昨シーズンより本格的にスタートしました。
5月初旬、クレッタルムーセン ジャパンチームがテストツアーに招待され、北極圏に位置するノルウェー最北端の村を訪ねました。
フィヨルド地形が広がる極北スキーの旅を全3回に分けてアンバサダーの下村雄太の文と島崎貴裕の写真で回想します。
第2話:タラとバースデーケーキとエノキボウル
朝目が覚めると、昨夜の吹雪はすっかり落ち着いていた。
道路はうっすらと雪化粧をまとい、低く垂れ込めた雲の向こうには白く染まった山々がぼんやりと見える。

山の上にはどれほど雪が積もっているのだろう。この数日の天気を目の当たりにしてきただけに、まったく予想がつかない。極上のパウダーなのか。それとも全面アイスなのか。期待と不安が入り混じる朝だった。
朝のミーティングでは、ガイドのフレッドさんの表情もどこか険しい。
「ひとまず風が落ち着くのを待とう。」そんな作戦になった。


この時期のノルウェーは一日が驚くほど長い。夕方に出発しても20〜21時頃までは明るく、日本では考えられない時間帯でも十分に山を楽しめる。
午前中は各々自由に過ごすことになった。暇な僕たちを見かねたフレッドさんが、「釣りに行こう」と誘ってくれた。到着した日から、宿の目の前に広がるフィヨルドで釣りをしてみたいと話していたことを覚えていてくれたのだ。


車で数分の漁港へ向かい、さっそく釣りを始める。目の前には息を呑むような景色が広がっている。しかし、透き通った海を覗き込んでも、海底には生命の気配がほとんど感じられない。本当に魚なんているのだろうか。




半信半疑のまま40分ほどルアーを投げ続けたが反応はなく、僕たちはルアーを引っ掛けては悪戦苦闘していた。そんな様子を見ていたフレッドさんが「どれどれ」とルアーを投げる。
竿先を軽く上下させながら魚を誘うと、次の瞬間、大きく竿がしなった。
一投目で30〜40センチほどの立派なタラを釣り上げたのだ。
あまりにも格好良すぎる。

釣りを終えると、宿の裏にあるバーベキューハウスでランチになった。暖炉を囲むように席が並び、火の上ではソーセージとポテトが焼かれている。香ばしい匂いが小屋いっぱいに広がり、冷えた身体を優しく包み込んでくれる。

すると突然、このトリップで料理を担当してくれているマリアさんが、大きなケーキを持ちながら「Happy Birthday」を歌って現れた。
この日は、えのきさん(榎本)の誕生日だった。



まさかノルウェーで誕生日を迎えることになるとは、本人が一番驚いていたかもしれない。
みんなで笑いながら祝福し、最高のランチタイムを過ごした。
外を見ると風は収まり、雲の切れ間から太陽が姿を現している。
食事を終える頃、フレッドさんが一言。
「じゃあ、16時に山へ行こう。」
満腹ですっかり気が緩んでいた僕たちは思わず顔を見合わせた。
16時から山へ。日本では考えられない時間だ。しかし、ここは白夜のノルウェー。そんな常識は通用しない。
気持ちを切り替え、山へ向かった。


スキーを担ぎ、黄金色に揺れる草原を一歩一歩進んでいく。しばらくツボ足で歩くと、ようやく雪がつながり始めた。昨夜の雪は旧雪の上にうっすら積もっているだけで、期待していたほどではない。
「やっぱりか。」
淡い期待は少ししぼみ、思わず言葉を失う。



急登を登り切ったところでシールを装着し、さらに高度を上げていく。すると徐々に雪が深くなり始めた。後ろからは駿太くんのテンションが上がっているのが伝わってくる。


時計を見ると18時を回っていた。それでも太陽はまだ沈まない。広大で緩やかな斜面を、それぞれのペースで山頂を目指して歩いていく。
山頂に着く頃には雲が流れ込み、空は少しずつ青く染まり始めていた。ようやく一日の終わりが近づいていることを感じる。


「じゃあ、そろそろ滑ろう。」

フレッドさんの合図で、間隔を空けながら一人ずつ斜面へ飛び込んでいく。
思いのほか気持ちのいい雪に思わず笑みがこぼれた。ノルウェーへ来てから滑ってきたのは、ほとんどがストップスノーだった。だから硬い雪なのか柔らかい雪なのか、そんなことはもうどうでもよかった。
ただ自由にターンができる。それだけで十分だった。
その雪は、僕たちにとって何よりのご褒美だった。後ろではえのきが歓声を上げながら滑っている。みんなもスプレーを巻き上げながら思い思いのラインを刻み、その表情は自然と笑顔になっていた。
全員が合流すると、それぞれ好きなラインを選んで滑ることになった。島ちゃんは撮影のために移動し、カメラを構える。
僕は駿太くんと一緒に滑るため斜面をトラバースしていく。進めば進むほど雪は深くなり、二本目は一本目を上回る最高の滑走感だった。

続いてみんなも次々と滑り出す。えのきさんは岩と岩の間を、持ち前の滑らかなターンで美しく滑り降りてくる。
今シーズンからチームに加わった彼女は、旭川を拠点に滑ることへ情熱を注ぎ続けている。
山に一本の美しいラインを刻む。その一本には、技術だけではなく、その人が積み重ねてきた時間や葛藤、山への想いまでも映し出される。だからこそ、滑り終えたあとに自分のラインを振り返る時間には、その人にしか分からない価値がある。
僕たちは皆、その一本に魅せられ続けているのだ。ボトムで立ち止まり、自分のラインを見上げるえのきさんの目には、どんな景色が映っていたのだろう。


しかし、そこから先には、この旅で最も緊張する斜面が待っていた。延々と続くアイスバーン。もし滑落すれば、一気に300メートル近く滑り落ちる。骨折だけで済めば幸運と思えるほど危険な斜面だった。
そんな場所を、えのきさんはピッケルを片手に、どこか楽しそうな笑顔を浮かべながら下りてくる。これまで数え切れないほど上手いスノーボーダーに出会ってきた。それでも、これほど山に強く、地形を読み、その地形に合わせて自然にターンを刻めるライダーには出会ったことがない。



待ち侘びたスキーに満足感たっぷりの面々。えのきさんの渾身の滑りを称えて今回の斜面をエノキボウルと勝手に名付けた。

ノルウェーで迎えた、えのきさんの誕生日。この特別な一日を一緒に過ごせたことは、きっとこれから先も忘れることはないだろう。
Text:下村雄太
Photo:島崎貴裕
>第3話 に続く (準備中)
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写真左から
下村雄太:
北海道喜茂別町出身。テレマーカーの父の影響を受け2歳からスキーを始め、アルペンとクロカンの競技をスタート。高校で競技スキーを引退、同時に山を滑る事の魅力を知りフリースキーヤーとしてのスキーライフを送るように。2026年、故郷の喜茂別町に自身のカフェ「aeR」をオープンした。
島崎貴裕:
北海道、洞爺湖をベースにトレッキングからSUP、スノーアクティビティまでマルチにカバーする自身のガイドカンパニー「Rir」を運営。クレッタルムーセン・ジャパンの旅や撮影ではカメラマンを務める。愛称はしまちゃん。
木村駿太:
札幌・定山渓にて1歳からできる自然の中での遊びを提案するガイド会社『Friluftsliv』(フリルフスリフ)の代表を務め、ラフティングガイドやカヌーガイドなど、さまざまな顔を持つ。冬は仲間らとともに北海道内の山々を滑りながら、映像記録を数多く残しているテレマークスキーヤー。
榎本有希:
東京都出身。雪と自然を追い求めて旭川に移住。リモートワークとアウトドアアクティビティの両立を実現し、日々北海道の大自然を楽しむスノーボーダー。愛称はえのき。